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東京地方裁判所 昭和30年(行)106号 判決

原告 仲本盛行

被告 東京都中央区

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告に対し金二十二万一千二百円を支払え。」との判決を求めると申し立て、その請求の原因として、

一、原告は、大正十四年八月一日京橋区臨時雇を命ぜられ、大正十五年六月二十四日同区雇に、昭和八年八月三十一日同区書記補に、昭和十年八月三十一日同区書記にそれぞれ任ぜられ、昭和十四年四月十一日(原告が東京市書記に任ぜられて東京市役所に転勤する前日)まで京橋区に勤務し、更に昭和十八年九月三十日東京都主事補の資格で京橋区勤務を命ぜられてから、昭和二十一年四月十五日には勝鬨方面館長(後に機構改革により勝鬨民生館長となる)に昭和二十三年九月十一日には京橋図書館長に就任し、昭和三十年六月三十日同館長を退職するまで京橋区及び被告に勤務したものである。(臨時雇及び雇としての在職年数は大正十四年八月一日から昭和八年八月三十日までの八年一ケ月、吏員としての在職年数は昭和八年八月三十一日から昭和十四年四月十一日までの五年七カ月と昭和十八年九月三十一日から昭和二十一年四月十四日までの二年六月十四日との合計八年一カ月、館長としての在職年数は昭和二十一年四月十五日から昭和三十年六月三十日までの九年三カ月である。)

二、被告には、昭和二十三年条例第二十一号東京都中央区職員勤労表彰規程(以下単に規程と略称する)が制定されておつて、被告の職員の転退職に際して、記念品料又は弔慰金を支給することが定められている。右規定によると、記念品料額は、在職十五年以上の者に対しては給料月額の三分の二にその在職年数を乗じた額とし(第三条第一項)右にいう給料月額は、同期程別表の給料表により職員の退職時の級号給に対応する級号給の金額とし(同条第二項)、在職年数は、雇員在職年数一年につき〇、五年、吏員在職年数一年につき一、〇年係長在職年数一年につき一、五年として計算する(第四条)こととし、右規定が適用された昭和二十三年九月三十日当時現に勤務する職員については、旧日本橋区、旧京橋区に在職した年数を通算する(付則第二項)こととなつている。又区長、助役、収入役、副収入役、教育長、支所長、課長(京橋図書館長を含む)、出張所長及び区議会事務局長(以下これ等の者を特別職員という)については、その職の在職年数一年につき二年として計算することとして取扱われている。尤も規程第六条には特別職員については規程によらず区議会の議決を経て給与する旨定められているが、右条項は、規程が勤続五年以上の職員に対して記念品料を支給する(第一条)という要件を設けてあつて、任期四年の区長、助役及び収入役の退職の場合には規程の適用を受けないことになるので、これらの者にも記念品料を支給できるよう配慮するとともに、特別職員を一般の職員よりも優遇するために設けられたもので、従来から特別職員に対しても、その在職年数一年につき二年と換算したうえで規程の第三条に定める方法に従つて計算された額の記念品料を支給しているのである。

三、原告の退職時の給料は、十二級六号給であつたから規程別表の給料月額は金二万三千六百円であり原告は前記のとおり、臨時雇及び雇としての在職年数が八年一月であるから規程第四条による換算年数は四年、吏員としての在職年数八年一月で規程第四条による換算年数八年一月、館長としての在職年数は九年三月で前記の特別職員の在職年数の換算方法によると十八年六月となり、記念品料算定の基礎となる在職年数は三十年七月となる。従つて原告の受けるべき記念品料は、金二万三千六百円の三分の二に右の在職年数を乗じて算出される金四十八万一千二百円である。しかるに被告は原告に記念品料として金二十六万円を支給したのみであるから、残額金二十二万一千二百円の支払を求めるため本訴に及んだ。

と述べ、被告主張事実に対する答弁として、

一、原告が、地方自治法施行令第二百十条によつて都の職員として被告に配属されていたものであつて、東京都から退職手当金の支給を受けていること、昭和二十一年四月十五日から昭和二十三年三月三十一日まで原告は勝鬨方面館長として東京都と被告とを兼務する職員であつたこと、原告が昭和十四年四月十二日東京市経理局へ転任し、又昭和二十一年四月十五日勝鬨方面館長に転任したことは認めるがその余の事実及び見解は争う。

二、規程による記念品料は、懲戒処分によつて離職する場合を除いてはすべての退職者に支給されるものであるから、退職金の性質をもつた給与であり、退職した職員は退職という事実によつて当然記念品料を請求する権利を取得するものである。このことは、戦後においては公務員に勤労者たる地位を与えていることからみて当然なことであり、規程第六条に「別に区議会の議決を経て給与する」との文言があることからも明らかである。又東京都と被告とは人格を異にしているのであるから、都から退職手当金の支給を受けている事実があつても、記念品料が退職金でないということはできない。

三、昭和二十一年四月十五日から昭和二十二年三月三十一日まで原告は東京都と被告とを兼務する職員であつたが、実質上は被告の事務に従事していたものである。即ち前記のとおり原告は昭和二十一年四月十五日勝鬨方面館長を命ぜられたが、当時の方面館の管掌は東京都から特別区へ移譲される予定であつて、一切の指揮監督及び事務上の決裁は区長がしており、方面館に勤務する館長以外の一般職員は全部区の職員であつたし、その俸給も都から区を経て支給されていた。(区の職員の俸給は経済課に属するものを除いてすべて都から支給されていたのである。)従つて形式はともかく実質的には被告が本務であつたのである。

又記念品料の算定について兼務期間を加算しないという慣習はないのである。訴外安江教治は、原告とともに前記方面館に勤務していたが同人の記念品料算定に当つては右方面館に在職した期間も加算されているのである。

四、中断された以前の在職期間も通算されるべきである。規程付則第二項は「この規程適用の際現に勤務する職員については旧日本橋区、旧京橋区に在職した年数はこれを通算する」と定めておつて引続き勤務することまでも要件としているものではない。右条項は規程第一条の受給資格を旧日本橋区旧京橋区と中央区を合わせて五年以上勤続すれば足りるとする趣旨とともに(この点だけならば中央区となつてから五年以上経過した今日では不要である)、受給資格ある者の在職年数に通算することも定めたものと解すべきであつて、前記のとおり「引き続き」という制約が存在しない以上、原告が旧京橋区に勤務した期間も当然通算さるべきである。

五、仮りに規程の解釈上、兼務期間及び中断された以前の在職期間は在職年数に加算されないものであるとしても、前記のとおり規程第六条は原告等の特別職員を一般職員より有利に取扱うため設けられているのであるから、特別職員については右期間を算入して在職年数を計算すべきである。

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、請求の原因事実に対する答弁及び主張として、

一、請求原因一記載の事実中、原告が大正十四年八月一日から昭和十四年四月十一日まで及び昭和十八年九月三十日から昭和二十一年四月十四日まで原告主張の資格で京橋区に、又昭和二十二年四月一日から昭和三十年六月三十日まで中央区勝鬨方面館長及び京橋図書館長として被告に勤務したことは認めるが、昭和二十一年四月十五日から昭和二十二年三月三十一日までは原告は東京都の職員であつて、兼務として被告に勤務したものである。同二記載の事実中規程が制定されており、右規定に原告主張の条項が定められており、特別職員についても規程に従い(但し在職年数の計算は、原告主張のようにその在職年数一年を二年と換算する。)算定された額の記念品料が支給されていることは認める。同三記載の事実中、原告の退職時の給料の級号が十二級六号であつて、それに対応する規程別表の給料月額が金二万三千六百円であること及び被告が原告に対し記念品料として金二十六万円を支払つたことは認めるが、その他の事実は争う。記念品料算定の基礎となる原告の在職年数は、後記のとおり昭和二十二年四月一日から昭和三十年六月三十日までの八年三月の実在職年数に前記特別職員に対する在職年数の換算方法を適用して算出される十六年六月である。

二、規程は、行政組織の下部機構である区には優秀な職員が長く勤務しない嫌いがあるので、被告に勤務する職員を優遇し、これらの職員を被告に定着させ、忠実に職務に従事させる目的で制定されたものであつて、右規程によつて支給される記念品料は、恩恵的給付である。このことは右規程第一条に「記念品料又は弔慰金を贈ることができる」としていることからも明らかであるが、又他の恩給或いは退職金のように在職中一定率の納付金を徴することもないのである。従つて右規程の施行状況から転退職する職員が記念品料を期待することはあつても、退職によつて記念品料を請求する権利を取得するものではない。記念品料を請求する権利は区議会が支給額を議決し(或いは区長が決裁し)て、退職者に通知した時にその支給額について発生するのである。付言すると原告は地方自治法施行令第二百十条によつて都の職員として被告に配属されていた者であるが、本件記念品料とは別に東京都職員退職手当支給内規によつて東京都から退職手当の支給を受けている。

三、兼務期間は、記念品料算定の基礎となる在職年数に算入されない。原告は昭和二十一年四月十五日から昭和二十二年三月三十一日まで勝鬨方面館長であつたが、当時方面館は、東京都民生局の出先機関であつて、その事務は都の管掌に属し、館長は都知事が任免し、民生局長の指揮監督に服し(尤も区長が方面館の事務を指揮監督したことはあるが、それは都知事の事務の受任者としてしたものである。)その給料も都から支給されていたのであつて、原告に対し京橋区兼務の辞令が発せられているのは、都区間の人事制度上の名目的措置にすぎない。このように原告は被告の事務には従事しておらず、又被告には原告を指揮監督する権限もなかつたのであるから、その勤務の実情から被告の職員ということができない。ところで規程の適用を受ける者は、被告の機関に勤務し被告から給料の支給を受けていた職員に限るのであつて、名目上の兼務職員に適用されないことは前記規程制定の趣旨からみて明らかである。従来においても兼務職員に記念品料を支給したことはなく、支給しないことが既に慣例となつている。原告主張の安江教治は被告の職員として方面館に勤務していた者であつて、原告のように兼務の職員ではなかつたのである。

四、中断された以前の在職年数は記念品料算定の基礎となる在職年数に通算されるべきではない。原告は昭和十四年四月十二日東京市経理局へ転任し、又昭和二十一年四月十五日東京都民生局の機関である勝鬨方面館長に転任した。被告の職員であることが中断された以前の在職年数を記念品料算定の基礎とすることができないことは、規程が永年勤続する職員を表彰するために設けられたものであり、その第一条に「勤続五年以上」との文言のあることから明らかである。なお、昭和十四年四月十一日までの原告の勤続期間については、旧京橋区において規程の前身ともいえる「市費市弁に属する区吏員特別給与金給与規程」が当時施行されていたから、その適用を受けるべきものである。規程付則第二項は旧日本橋区及び京橋区が合併して被告となつたため旧区に勤続した者については、その勤続期間を通算するために設けられたのであつて、中断された以前の期間を算入することを定めたものではない。

五、特別職員については前記のとおり在職年数の換算方法で一般職員より優遇しており、兼務期間や中断された以前の勤務期間を在職年数に算入することまで特別の取扱いをしたことはない。

六、以上のように原告に対する記念品料の算定の基礎となる在職年数は、原告の実在職年数が昭和二十二年四月一日から昭和三十年六月三十日までの八年三月であるから、これに前記特別職員の在職年数の換算方法を適用して算出した十六年六月であり、記念品料額は規程別表の給料月額金二万三千六百円の三分の二の額に右換算在職年数を乗じて算出される金二十五万九千六百円であるところ、被告は万単位まで切上げて金二十六万円を原告に支給しているのであるから、いずれにしても原告の請求は失当である。

と述べた。(立証省略)

理由

原告が大正十四年八月一日京橋区臨時雇を命ぜられ、大正十五年六月二十四日同区雇に、昭和八年八月三十一日同区書記補に、昭和十年八月三十一日同区書記に昇進し、昭和十四年四月十一日までの十三年八カ月間京橋区に勤務したこと、原告は、昭和十四年四月十二日東京市経理局に転出したが、昭和十八年九月三十日東京都主事補の資格で京橋区勤務を命ぜられ昭和二十一年四月十四日まで同区に勤務し、同月十五日から翌二十二年三月三十一日まで勝鬨方面館長として京橋区役所に兼務し、同年四月一日から昭和三十年六月三十日まで中央区勝鬨方面館長及び京橋図書館長として被告に勤務していたこと、原告が地方自治法施行令第二百十条によつて都の職員として被告に配属されていた者であること、昭和三十年六月三十日退職によつて東京都から東京都職員退職手当支給内規により退職手当の支給を受けていることはいずれも当事者間に争いがない。

原告は、退職によつて規程に定められた記念品料を請求する権利を取得したと主張するので、まず被告の職員が退職した場合に規程による記念品料又は弔慰金を当然に請求する権利を取得するものであるかどうかについて考えてみると、証人山口尚也の証言と弁論の全趣旨を考え合せると、規程は、被告に多年勤務した職員の功労に対し職員が転退職或いは死亡した場合に記念品料又は弔慰金を贈つて感謝の意を表わすとともにそうすることによつて下部の行政組織である被告に多くの優秀な職員を誘致し、永く勤続してもらうことを趣旨として制定されたものであることが認められる。そして規程には被告の職員として五年以上勤続し、功労顕著な者は対してはこの規程の定めるところにより記念品料又は弔慰金を贈ることができる(第一条)こと、記念品料又は弔慰金の額は第三条所定の基準によつて算出した額の範囲内において区長が定める(第三条)ことを規定している。又成立に争いのない乙第二号証によれば原告の退職した昭和三十年六月当時においては東京都の職員に対しては前記東京都職員退職手当支給内規が施行されておつて、規程による記念品料とは別に退職した中央区勤務の東京都の職員に対しては退職手当金を支給することが定められていたことが明らかである。これらの事実を合せ考えると、規程は、五年以上被告に勤務し、功労顕著な者に対して恩恵的に記念品料又は弔慰金を贈与する旨を定め、区長にこれを支給する権限を付与したものであつて、職員の転退職の場合は必ずこれを支給することを定めたものではないと解するのが相当である。

又規程第六条は、特別職員が転退職又は死亡したときは、規程によらず別に区議会の議決を経て給与すると定めている。前記認定にかかる規程制定の趣旨と規程の全条文を参酌すれば、右第六条は特別職員については区議会において記念品料又は弔慰金を支給するかどうか、支給する場合にはその額をいくらにするかを議決し、その議決に従つて支給することとしたものであつて、その支給と金額とはすべて区議会の議決するところによつて定まり、特別職員が転退職又は死亡した事実が発生すれば必ず一定の基準に従つて算出した金額の記念品料又は弔慰金を支給するとしたものではないと解するのが相当である。もつとも特別職員に対しても従来から特別職員としての在職年数一年を記念品料又は弔慰金の算定の基礎となる在職年数二年と換算したうえで、規程第三条所定の計算方法で算出される額の記念品料又は弔慰金を支給していることは当事者間に争いがないけれども、右計算方法は区議会が特別職員に記念品料又は弔慰金を支給すると議決する場合においてその支給額算出の一応の目安としている意味を有するに過ぎず従来の取扱がそうであつてもその事実だけからでは被告に記念品料又は弔慰金の支給を義務づけたものということはできない。

このような訳で規程第一条又は第六条による記念品料又は弔慰金は、区長又は区議会の決定した額を恩恵的に支給する性質の給付であつて、退職した職員が退職によつて規程第三条、第四条によつて或いは特別職員についてはその職務に従事した在職年数一年を二年と換算して第三条を適用して、算出される額の記念品料又は弔慰金を請求する権利を取得するものではなく、区長又は区議会が支給する旨を決定し、その決定が被支給者に告知されることによつてはじめてその者がこれを請求することができると解すべきである。

ところで原本の存在とその成立に争いのない甲第四号証と弁論の全趣旨によると、被告中央区の区議会が区長の提案に基いて規定第六条により原告の退職に対する記念品料として金二十六万円を支給することを議決したのであつて、原告に支給された金二十六万円の記念品料は右の議決に従つて支給されたものであることが明らかであるから、原告は右金額以上の記念品料を請求する権利を有しないものというべきである。従つて右記念品料の額の算定の方法に誤りがあるとして残金の支払を求める原告の本訴請求は、他の点について判断するまでもなく失当であるといわなければならない。

よつて原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 飯山悦治 松尾巌 井関浩)

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